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東京高等裁判所 昭和48年(う)2932号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、検察官伊藤栄樹作成の控訴趣意書に記載してあるとおりであり、これに対する答弁は、弁護人堀博一作成の答弁書に記載されたとおりであるから、いずれもこれを引用し、これに対して当裁判所は、つぎのとおり判断する。

論旨を要約すると、次のとおりである。すなわち、原判決は、昭和四八年三月一〇日付起訴状記載の訴因につき、被告人らが導火線に点火して投げつけた爆弾(以下「本件爆弾」という。)は、「本来は、導火線に点火することによつて爆発をきたすべき構造・性質のものであつて、」「比較的簡単な作業により、本来の機能を発揮する爆弾になりうるもので、その危険性において完全な爆弾と区別すべき理由はないから、」爆発物取締罰則(以下単に「罰則」という。)にいう爆発物にあたると認定しながら、「導火線に欠陥があつたため、導火線に点火して投げつけるという方法では、絶対的に爆発しないものであつたのであるから、」本件爆弾の導火線に点火して投げつけたことを、本件爆弾を爆発すべき状態においたものとはいえないとして、罰則一条の爆発物使用罪の成立を否定し、同四条の共謀罪を適用するにとどめたものである。しかし、右の導火線の欠陥は、起爆装置の工作上の誤りからたまたま生じたものであり、本件爆弾の根本的構造・性質上の欠陥ではなく、本件爆弾は、導火線に点火して投げつけるという方法によつて爆発を惹起しうる極めて高度の危険性を有していたものと認められるから、これに点火して投げつけたとする本件訴因については、本罰則の趣旨・目的にかんがみ、同罰則一条の爆発物使用罪の成立を認めるのが相当である。原判決は、本件爆弾のもつ構造・性質及びその導火線に点火して投げつける行為の危険性についての事実を誤認し、ひいては法律の適用を誤つたものであり、その誤りが判決に影響を及ぼすことが明らかであるというのである。

一そこで記録を精査し、当審における事実取調の結果をも併せて検討すると、関係証拠によれば、本件爆弾は、原判決が認定するとおり、ピースのあきかんにダイナマイトを詰め、これに工業雷管一本及びパチンコ玉数個を埋め込み、末端に接着剤を付けた長さ十数センチメートルの導火線を工業雷管に差込んで接着させ、ふたの中央部に穴をあけてこれに導火線を通してふたをし、ふたとかんとの接合部分にこん包用の接着テープを巻き付けて両者を固定した手製の爆弾であつて、被告人らは、原判示二の共謀に基づき、前記起訴状記載の日時、場所において、本件爆弾をその導火線に点火して投てきしたのであるが、爆発を起さなかつたことが認められ、更に本件爆弾に使用されたダイナマイト、工業雷管及び導火線は、いずれも正規の製造所で製造されたものと同一の性能を有していたものと認められるので、導火線の先端に点火すると、その中心にある黒色火薬が徐々に燃焼して末端に及び、その切口から吹出した炎が、これと接する雷管内の起爆薬及び添装薬を順次爆発させ、それによつて生じる熱及び衝撃によつて爆弾全体が爆発する筈のものであつたが、導火線に点火して投てきしても爆発しなかつた理由は、導火線を雷管に固定させる方法として、前記のように、導火線の末端部分に接着剤(ポンドのようであるが、その品質、成分は明らかでない。)を付けて、これを雷管に差込み、雷管の底面ないし内壁に接着させようとしたため、接着剤が導火線の末端から約四ミリメートルの部分の黒色火薬にしみ込み、それによつて右部分の黒色火薬が湿りあるいは固化して燃焼しなくなり、導火線の燃焼がこの部分で中断したためであることが認められる。

二ところで、導火線を工業雷管に固定させる方法としては、通常、工業雷管の管体空間部に導火線の先端部分をさし込み、雷管ばさみ等の口締器で空間部を締め付けて装着する方法によるのであつて、一般に接着剤等は使用されないものである(原審で取調べた徳永勲作成の昭和四五年一月一三日付鑑定書謄本(記録五九三丁)、原審における福山仁の証人尋間調書(記録八六〇丁)、当審で取調べた福田広作成の昭和四九年一月二九日付鑑定書参照)。そして、右福田広作成の鑑定書によれば、導火線の先端部分に接着剤を塗布して工業雷管に固定させる場合は、接着剤を導火線の先端外皮にのみ塗布して、導火線の心薬である黒色火薬に接着剤が浸透しないようにすれば、導火線は燃焼を継続をして工業雷管を爆発させることが可能であるが、導火線の先端部分の切断面に接着剤を塗布するなどして、導火線の心薬である黒色火薬に接着剤が浸透すると、導火線に点火しても燃焼が中断して立ち消えになり、工業雷管を起爆させることが不可能になることが認められる。

このように、導火線を工業雷管に接続する方法として接着剤を用いることは異例のことであり、また接着剤を用いる場合には、導火線の心薬である黒色火薬に接着剤をしみ込ませないように特に注意しなければ、導火線の燃焼の中断を来たし、工業雷管を起爆させることができないのであるから、前記のような接着剤の使用方法によつて導火線を工業雷管に固定させた本件爆弾が、その導火線に点火しても爆発を起さなかつたことは、むしろ当然のことがらであつて、決して偶然とはいえないのである。

そして、本件爆弾は、前記のとおり、接着剤が導火線の心薬である黒色火薬に浸透したため、導火線に点火しても燃焼が中断し、これに接続した工業雷管を起爆させることができない構造のものであつた。すなわち、本件爆弾は、導火線に点火しても燃焼が中断して、これに接続した工業雷管を起爆させることができないという導火線として致命的な構造上の欠陥があつたため、導火線に点火して投てきするという方法によつて爆発を起こすことはなかつたものであり、その点火、投てきの方法、行為者、時及び場所のいかんを問わず、いわば絶対的に爆発する危険性のないものであつたことは、関係証拠に徴して明らかである。

したがつて、本件爆弾は導火線に点火して投げつけるという方法によつて爆発を惹起しうる極めて高度の危険性を有していたものと認められるという所論は、事実に反し、肯認することができない。

三ところで、本罰則一条にいう爆発物の「使用」とは、爆発可能性を有する物件を爆発すべき状態におくこと、すなわちこれを言い換えれば、爆発物を爆発可能の状態におくことをいい、現実に爆発することを必要としない(大審院大正七年五月二四日判決、刑録二四輯六一三ページ参照)のであるが、本件爆弾は、前記のとおり、起爆装置の構造に欠陥があつたため、そのままでは導火線に点火して投てきしても、絶対に爆発を起こす危険性のないものであつたのであるから、被告人らが本件爆弾の導火線に点火して投てきした行為は、これを爆発可能の状態においたもの、すなわち「使用」したものということはできないのである(東京高等裁判所昭和二九年六月一六日判決、東京高裁判決時報五巻六号刑二三六ページ参照)。

すなわち、本件爆弾は、その構成物の性質、構造により、潜在的には爆発可能性を有する物件であり、原判決も説示するように、導火線の瑕疵ある部分をとり除いたうえ、雷管ばさみ等の器具を用いて導火線を雷管に固定するという比較的簡単な補修を加えれば、導火線に点火して投てきする方法によつて爆発可能の状態におくことができるものであつて、右のような補修を施すことによりいわば潜在的な爆発可能性を顕在化させることができるのであるから、原判決が認定したとおり、本件爆弾は、本罰則一条にいう爆発物にあたると解することができるけれども、本件爆弾は、右のような補修を施さないかぎり、点火投てきの方法により爆発可能の状態におくことすなわち「使用」することはできないものであつたのである。

検察官は、本件爆弾は、導火線に点火して投げつけるという方法によつて爆発を惹起しうる極めて高度の危険性を有していたと主張するけれども、それは本件爆弾に、右のような補修を施してはじめて言えることであつて、そのような補修が加えられていない本件においては、検察官の右所論には、明らかに論理の飛躍があつて是認することができない。

四また本件爆弾は、前記のとおり、そのままでは起爆装置の不全により、導火線に点火して投てきしても爆発を惹起する危険性のないものであつたのであるから、たとえ治安を妨げ、かつ人の身体、財産に危害を加える目的でこれを製造し、またそのような目的をもつて前掲起訴状記載の場所すなわち警視庁第八、第九機動隊正門前路上において、右正門に向けて点火投てきしたとしても、このような主観的な意図によつて物の客観的性質を左右することのできないことは当然であつて)最高裁判所昭和三一年六月二七日大法廷判決、最高刑集一〇巻六号九二一ぺージ参照)、起爆装置に前記のような欠陥のある本件爆弾の導火線に点火して投てきした被告人らの行為を、その主観的意図の危険性のゆえに、これを爆発可能の状態においた場合と同視することが許されないことはいうまでもない。

なお、検察官は、本件爆弾と同種類似の他の物件の爆発可能性について論じているけれども、ある物件が本罰則一条にいう「爆発物」にあたるかどうかについての判断と、ある行為が爆発物の「使用」にあたるかどうかについての判断は、前者は物の性質、能力についての判断であるのに対し、後者は行為の性質、能力についての判断であつて、判断の対象が異なり、また後者は、前者が肯定されてはじめて問題になることがらである。すなわち、ある物件が「爆発物」にあたるとされてはじめてある行為がその「使用」にあたるかどうかが問われるものであるから、両者はいわば次元を異にする判断であるといわなければならない。そこで、まず両者は判断の対象が異なるということから、「本件爆弾と同種類似の他の物件の爆発可能性」という問題は、前者の判断の参考資料とはなり得ても、それが直ちに後者の判断資料とはなり得ないのである。すなわち、後者の判断の参考資料になり得るものは、「本件行為と同種類似の他の方法による爆発可能性」の問題でなければならない。また、ある行為が爆発物の「使用」にあたるかどうかについての判断は、ある物件が「爆発物」にあたるかどどうかについての判断とは異なり、前述のように爆発物にあたるとされた特定の物件を前提とした判断であるから、その判断に際して、同種類似の他の物件の爆発可能性について論ずることは無意味であつて、特段の意義を有しないといわなければならない。

したがつて、本件爆弾と同種類似の他の物件の爆発可能性を主張する検察官の所論は、本件爆弾が本罰則一条にいう爆発物にあたるかどうかという問題の判断資料とはなり得ても、本件被告人らの行為が、爆発物の「使用」にあたるとする論拠として主張するのは当を得ないものといわなければならない。

五所論の引用する東京高等裁判所昭和四八年一〇月一一日第二刑事部判決(東京高裁判決時報二四巻一〇号刑一五七ページ)は、物自体に根本的構造上の欠陥がなく、操作をあやまるなどしないかぎり、爆発する相当高度の危険性をもつものと認められ、爆発しなかつた原因は、設置の仕方か時限発火装置を作動させる方法が適切でなかつたためではないかと思われる事案について、それが罰則一条にいう「爆発物」にあたるかどうかについての判断を示したものであつて、導火線の構造に欠陥があつて、そのままでは点火投てきしても爆発を起こす可能性のない爆発物について、これに点火して投てきした行為が、爆発物の「使用」にあたるかどうかが問題になつている本件とは、事案を異にするもので適切な判例とはいえない。

また、所論の引用する大審院大正七年五月二四日判決(刑録二四輯六一三ページ)は、投てきの方法によつて爆発すべき爆発物を投てきしたが、投てき力が弱かつたため爆発しなかつたという事案についてのものであつて、事案を異にするもので本件に適切といえない。

六なお、検察官が本件は可能的な実行未遂に当たりいわゆる不能犯にはあたらない旨主張するので、この点について付言すると、不能犯の理論は、結果の発生が構成要件要素とされている犯罪について、行為に結果発生の危険性があるかどうかを検討し、その有無によつて可罰的な未遂犯と犯罪が成立しない不能犯とを区別しようとするものである。しかし、本罰則一条にいう爆発物の使用とは、前述のとおり、爆発物を爆発すべき状態におくことをいい、現実に爆発することを必要としない(いわゆる実行未遂の場合も含む)と解されているのであるから、このような解釈によるかぎり、同条の罪は、結果の発生を構成要件要素としない犯罪であることが明らかである。そうだとすると、同条については、爆発物の使用が不能犯でない可罰的未遂犯にあたるかどうかを論ずることは、右のようなその前提を欠くものというべきであつて、適当とはいえない。したがつて検察官の前記所論は失当というほかない。また所論引用の不能犯に関する判例は、いずれも本件と事実を異するものであつて適切な判例とはいえない。

七ちなみに、最近発表された「改正刑法草案」は、一七〇条において「爆発物を爆発させて、人の生命、身体又は財産に対する危険を生ぜしめた者は、無期又は三年以上の懲役に処する。」「前項の罪を犯し、その結果、人を死亡させた者は、死刑又は無期もしくは五年以上の懲役に処する。」と規定し、また一七〇条の第一項の未遂犯を処罰することとして(一七三条)、本罰則と異なり、爆発物を「爆発させる」という結果の発生を構成要件要素とするとともに、法定刑も場合を分けて規定し、具体的事案に応じた適切な量刑ができるように配慮されている。これに対し、本罰則一条においては、「爆発物の使用」には、一般の解釈によれば、(1)爆発物を爆発させて、その結果、人を死傷させた場合のほか(2)爆発物を爆発させたが人に被害がなかつたときのみならず、さらに、(3)爆発物を爆発すべき状態においただけで、現実には爆発しなかつた場合も含むとされるのであつて、その構成要件は極めて広範であり、しかもその法定刑は「死刑又は無期若しくは七年以上の懲役又は禁錮」であつて極めて重く、前記(3)の場合でも未遂減軽の余地はなく、その他の法律上の減軽事由がない限り酌量減軽をしても刑の執行猶予ができないことになつている。それで、本罰則制定の趣旨・目的を考慮に入れても、事案によつては、罪刑の均衡が保たれ難い事態が生ずるおそれもある。

そこで、このような本罰則一条の構成要件及びその法定刑にかんがみると、前記(3)の類型にあたるとする場合には、爆発物の爆発の可能性すなわち爆発の危険性の程度は多様であるから、被告人の行為が本条の「使用」にあたると解するには、被告人に不当に過酷な責任を負わせるる結果にならないよう十分慎重でなければならないと考える。また、本件のような事案について、同罰則一条の爆発物の使用罪でなく、原判決のように同罰則四条の共謀罪を適用し、あるいは同罰則三条の爆発物の所持罪を適用しても、法定刑はいずれも「三年以上十年以下の懲役又は禁錮」であつて、相当に重く、具体的事案に応じた適切な量刑が十分可能であると考えられる。

以上のような観点からしても、原判決の判断及び結論は、十分合理性の存するところであつて、同罰則一条の解釈上、「爆発物」にあたるかどうかとその「使用」にあたるかどうかの論点の差異を明確にしたものとして是認できる。

八以上のほか、所論にかんがみさらに記録を精査しても、原判決に所論のような事実誤認及び法律の適用を誤つた違法があるとは認めることができない。それで論旨は、理由がない。

そこで本件控訴は理由がないから、刑訴法三九六条により、棄却することとし、主文のとおり判決する。

(浦辺衛 環直彌 内匠和彦)

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